衆議院議員 寺田稔の
政治実感日誌
10月26日(金)
地元会合など。
仁方地区は、呉市の東部に位置しています。
平成17年の8町合併前には呉市の最東側で豊田郡の町と境を接していて呉市の玄関口でした。
したがって、昔から交流拠点、陸路と海路の交通の要衝として栄えました。
西側には国道185号仁方トンネル・仁方隧道を挟んで広町があり、東側には川尻町があります。近時、仁方・川尻バイパスのプランが持ち上がっていますが是非とも地域の更なる発展のために実現したいですね。
また北は山々に囲まれ、南は海を望み風光明媚な呉八景の一つ「安芸の小須磨」があります。
この海に面した磯神社の境内にある史跡や仁方の櫂踊りなどが有名な歴史豊かな町です。
古くは海運などの他にも塩の生産地として栄え、現在は日本一のヤスリの産地として有名です。
他にも清酒や醤油の製造業、農業、漁業などが行われています。
明治40年に仁方村から仁方町に、そして昭和16年に呉市と合併しました。
仁方の櫂踊りは、八岩華神社の祭礼として3年ごとに行われる祭りです。
櫂踊り形式のものは瀬戸内沿岸には珍しく、昭和45年には呉市の無形文化財に指定されました。
ヤスリは、江戸時代末期に大阪から製法技術を習得し伝授したのが、仁方ヤスリの起源と言われています。
当時、仁方には農鍛冶が繁栄しており、ヤスリの技術導入が容易であったこと、農家が格好の副業として、下請的賃仕事に励んだことが、その後の発展に大きく寄与したとのことです。
戦前までは、新潟、東京などもヤスリ産地と有名でしたが、戦災で打撃をうけ衰退しました。
仁方は戦争の被害が少なく、戦前からのヤスリの加工・製作機械の考案や技術革新により高品質のヤスリが大量にできるようになり、ヤスリの一大産地になりました。
昭和40年から50年代にかけて仁方湾を埋め立て、ヤスリ団地を整備し、全国生産高の86%を占めていましたが、その後の産業構造の変化により往年の賑わいは無くなりました。
産業振興の活性化が求められています。
また仁方港はかつて仁堀航路・蒲刈航路・今治航路などの定期航路が運行されていましたが、平成21年に架橋整備や利用者減少などに伴い定期航路は廃止されました。
桟橋の利活用が問われています。
この地域では、「仁方漁協朝市」が行われ、新鮮な海の幸、山の幸が提供されています。
毎月第1・3日曜日 8:00からに開かれる朝市では、瀬戸内海の新鮮なお魚などが販売されています。
ぜひ行って買ってみて下さい。
この地区も高齢化が進み問題となっています。地域再生プランの実行が急務です。

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